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仕事、働き方

正直者は得をするか?

2017年がスタートした。

新たな年を迎えたり、新年度になるなどして、手帳を新調する人も多いだろう。
多くの人がそうするように、僕も手帳にいろんなことを記録している。

iPhone、iPadでできることも増えたのだが、ビジネスシーンにおいて、まだ手帳はそれなりに有用だ。

年の初めに手帳のリフィルを整理していると、いろんなことに気がつく。

職場で印象に残った、困った人たち

自分がどんなことをメモしているかで、自分を客観視できる。
良い事、悪い事、気づきに関しては手帳にメモする事が多い。

僕が去年の後半メモしていた人生の学びの中に、こんなことが書いてあった。
若干ネガティブ寄りの気づきだけど。

  • 誠実である事は美しいはずなのに、誠実であれば損をする。
  • 我儘を押し通す人に皆が苦しめられるが、我儘な方に言動を合わせていくため、協調性のある人は損をしている。
  • 人を陥れ、自分が登って行こうとする人達を注意深く観察する。彼らはもう既に多くを持っている。そして、足るを知らず強欲な彼らこそが、「勢いがある」と評価を受ける。あさましや。

これだけ見ると、とかく人の闇の部分だけにフォーカスしたように見えるのだが、
ここから学び取ったことは大きかったように思う。

書いてあったことに「注意深く観察する。」とある。

その中でわかったことは、人に迷惑をかけまくり、部下や後輩を鬱に追い込み、他人を陥れるような人間は多い。

しかし、彼らの多くは全く罪悪感が無い

しかも、社会的な道徳が無いというわけでも無い。

交通違反は悪い事だとか、家族は大事にするべきだとか、そういう事は人並み以上に意識している。

そういう人が職場では部下や取引先を恫喝し、仕事を放り出して他人に負わせても、何食わぬ顔をしている。

なぜ、問題だらけの人が出世していくのか

僕が最も注目したのは、彼らの言い分だ。

口を揃えてこう言う「俺が言っている事は正しい。」
自信満々に「俺の言ってること間違ってないやろ?」と言う。

つまり、自分を信じすぎるあまり、他人を酷い目に合わせても、何の罪悪感も抱かない人間が組織の上層部にかなり多いのだと感じた。

彼らにとっては「俺の意見は正しく、当然のことを言っているだけだ」と言う認識なので、当然罪悪感など無い。

しかし、そういう人間は罪悪感もなく、自分は正しいので失敗しても失敗したと認識しない。

結果、そういう人がチャンスの打席に立ちまくり、バットを振りまくる。
チャンスに出会える絶対数が増えるのだから、そりゃー成功する。

みんなのことを考え、協調性を重視し、人の心を大事にして生きていこうとすると、どうしても彼を押し上げるための屍にしかならないのではないだろうか。

他人のための屍にならないようにするために

ここ10年程度、後輩やら部下やらを持つようになって他にも気づいたことがある。
それは、自分の考えが絶対正しいなんて思ってる奴は、考えを改めることなどないということだ。

そう。正直に、誠実に生きたからって、幸せになれるかどうかなんて、わからない。
このことについては今後も書いていこうと思うけれど、つぶれないように皆さんに意識して
もらいたいのは以下のようなこと。

  • 鬱になりそうになったら、とっとと辞める
  • 出世や昇給に執着しても意味はない。他で稼げる自分になればいい。
  • 張り合ってくる奴がいたら「お先にどうぞ」と譲ってしまう。大企業の課長レベルならまだしも、主任や係長の恩恵などタカが知れている。

僕自身、若い頃は特に競争心の塊で、他人に敗北するなど許せなかった。

ただ、そういう競争には終わりがない。

つまり、安らぎも無い。

僕たちは幸せを感じるために生まれてきたはずなので、そんなことで消耗するのは人生がもったい無い。

気苦労が多くて残業代も払ってもらえない中間管理職より、自由に動ける自分の方が、人生は絶対に楽しめる。

会社に依存せず、多少なりとも自分で稼げるようにしてみよう。ヤフオクでもなんでもいい。

小さな一歩であっても、動かないよりは、絶対にいいのだから。